みなさまこんにちは。スーパー・コート高石羽衣です。
今回は、大阪府高石市羽衣にある「スーパーコート高石羽衣」のすぐ近くを散策中、歴史のロマンを感じる素敵な案内板を見つけたのでご紹介します。

それがこちら、「紀州街道(きしゅうかいどう)」の看板です!

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普段何気なく通り過ぎてしまう道かもしれませんが、実はこの道、はるか昔から多くの人々が行き交った、ものすごい歴史を持つ街道だったんです。案内板に書かれている内容を基に、その歴史を紐解いてみましょう!

1. 中世には「熊野道」だった?紀州街道のルーツ

案内板によると、高石市の羽衣・高師浜・千代田地区を南北に通っているこの道は、中世の時代には「熊野道(くまのみち)」と呼ばれていたそうです。 当時は、信仰の地である熊野へと向かう「熊野詣(くまのもうで)」の重要なルートの1つとして利用されていました。

「そんな昔の聖なる道が、今の大通りに繋がっているなんて!」と思うと、いつもの景色が少し違って見えてきますよね。

2. 江戸時代には紀州藩の「参勤交代路」や「商業の要」へ

時代が江戸時代初めになると、この道は紀州藩(和歌山)の殿様が江戸へ向かうための「参勤交代路」として使われるようになりました。 さらに、和泉国(現在の大阪府南部)の重要な商業交通路としても発展していったそうです。

看板の下部には、当時の様子を思わせる「大名行列」や「籠(かご)を担ぐ人」の可愛らしいイラストも描かれていて、当時の賑わいが目に浮かぶようです。

3. 大阪・高麗橋から和歌山まで!全長約50kmの壮大な街道

紀州街道は、いったいどこからどこまで続いているのでしょうか? 案内板には以下のようにルートが記されていました。

  • 起点: 大阪市中央区高麗橋

  • 経由地: 住吉大社鳥居前 ⇒ 堺市 ⇒ 高石市(芦田川の伽羅橋、王子川の小高石橋) ⇒ 泉佐野市鶴原(ここでルートが分岐)

  • 終点: 和歌山市

大阪府内だけでも約50kmに及ぶ長い街道だったんですね。 高石市内では、おなじみの「伽羅橋(きゃらばし)」や「小高石橋」を通るルートだったという具体的な地名が書かれているのも、地元民としては親しみが湧くポイントです。

「スーパーコート高石羽衣」のすぐ近くにあるこの場所は、かつて多くの旅人や、歴史上の偉人たちも歩いたかもしれないロマンあふれる道でした。

1993年に高石市によって建てられたこの案内板、お近くを通る際はぜひ足を止めて、じっくり読んでみてくださいね。普段の散歩が、ちょっとした「歴史旅」に変わるかもしれません。

以上、高石市羽衣の歴史スポット紹介でした!

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